アンペルマンは旧東ドイツ信号機

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1961年に、首都東ベルリンに歩行者用信号として第1号が設置された「アンペルメンヒェン(歩行者用信号の人型マーク)」は、親しみやすいマークほど歩行者への効果が大きいことから、その形状については心理学に基づいて十分に検討され、デザインされました。
青信号は、少しお腹が突き出し、足の長い帽子を被った少年が大股で歩く姿、また赤信号には、帽子を被った子供が両手を上げてとうせんぼする姿で、その可愛らしいキャラクターは、とても人気があり、シンボルとしての明確さや、人々への浸透度は、簡単に否定できるものではありませんでした。

アンペルマンの撤去反対運動

アンペルメンヒェンは、交通心理学者カール・ペグラウが増加する交通事故を減らす為に考案し、すぐに効果を発揮しましたが、ドイツ統一後、西側の役所や政治家、交通技術者に難癖をつけられ、1994年に旧西ドイツやEUの人型マークへの転換が始まりました。
しかし1996年、インダストリアル・デザイナーのマルクス・ヘックハウゼンが、アンペルマン・グッズの第一号、信号灯ランプを作り、メディアに大きな反響を呼んだ事により、「国民は我々だ」をスローガンに、「アンペルマンを救え」という撤去中止を訴える反対運動が始まりました。
そして1997年、引き続き交差点にその姿を残すこととなりました。

アンペルマンといえばメイク・デザイン社

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1999年、ヘックハウゼンはアンペルメンヒェンをさらに生活に溶け込んだものしようと、自らのメイク・デザイン社で、初のアンペルマン・コレクションを発表しました。
今では、衣類や生活雑貨などクオリティが高く、種類も豊富で、アンペルフラウという女の子をモチーフとしたデザインも出ています。
旧東ベルリン地区のハケシャー・ホーフの中には、メイク・デザイン社の直営店も出来ています。
また、ベルリンにはアンペルマン・レストランもあり、店内はアンペルマンだらけで、実物大の信号のレプリカまで置いてあり、さまざまなグッズも販売しています。
このように、アンペルマンは、今ではベルリンを象徴するデザイン・グッズになりました。