メンズビギの歴史

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「メンズビギといえば菊池武夫」と言われるのですが、菊池武夫は75年に(株)ビギより独立してメンズビギが設立された時に代表兼チーフデザイナに就任しました。当時メンズビギは「大人の遊び着」として注目されました。
その後、菊池武夫は80年に(株)ワールドへ移籍し、代わりに今西祐次がチーフデザイナーとして就任しました。93年には「TUBE」代表兼チーフデザイナーの斎藤久夫とディレクター契約、01年にはディレクターとして坂田真彦が就任しました。
さらにメンズビギは進化を遂げ、98年にメンズビギブランドのコンテンポラリーラインは「メンズビギ スピロ&フィロ」「ラッドメス メンズビギ」「ディスティンクション メンズビギ」の3つのレーベルに分化しました。
06年には「メンズビギ スピロ&フィロ」「ラッドメス メンズビギ」を新たに「MEN'S BIGI」としてレーベルを統合しました。